イオンモール東浦は25歳

還暦前は,毎日のように通っていたイオンモール東浦.
病気をしてから「毎日必ず行く」という縛りを緩めたところ,以前よりは少し足が遠のいていました.

我々東浦町民にとって,なくてはならないショッピングセンターです.
そのイオンモール東浦が,今年でオープン25周年を迎えました.

10月に入ってまもなく,1階インフォメーション横に大きな特設ボードが登場しました.
お客さんが書いたメッセージカードが,所狭しと貼られています.

ウォーキングコースを周回するときにちょうどこの前を通るため,日に日にメッセージが増えていく様子を,今月はずっと温かい気持ちで見守ってきました.

ボード一面を埋め尽くすピンクのハート型カードは,まさにイオンが地域に愛されてきた証です.
小さなお子さんが一生懸命書いたかわいらしい文字も多く,見るたびに心がほっこりします.

ど田舎の知多郡東浦町にイオンモールができたのは,2001年の夏でした.
県外で働いていたnegiが,愛知県に戻ってきて間もない頃です.

やっぱ地元・知多半島は落ち着く〜という安心感と,田舎ゆえの不便さ.
その両方を感じていた時期でした.

町内に小さなスーパーはあるものの,まとまった買い物をしようとすると,お隣の刈谷市まで足を伸ばす必要がありました.
当時の刈谷には「ユニー」という中規模クラスのスーパーがありました.

東海地区を中心にチェーン展開していたグループですが,関東の方はご存じないでしょうね.
それなりに賑わってはいました.

その後アピタになり,今やドン・キホーテの傘下です.
名古屋ゆかりの企業は,なかなか全国区になれません.

「東浦にジャスコがやってくる」

町民はザワつきました.
刈谷市との境界ギリギリとはいえ,全国展開のイオンが東浦町内に建つのですから,話題にならないはずがありません.

核店舗はまだ「イオンスタイル」ではなく「ジャスコ」でした.
当時は,ジャスコと言った方がピンとくる人が多かったものです.

役場の下からイオンへ続く道には,車の列ができました.
いわゆる「イオン渋滞」です.

negiも興味津々で車を出したので,よく覚えています.
メッセージボードの横には,当時の熱狂を伝える新聞記事も誇らしげに展示されていました.

振り返れば,イオンモール東浦の歴史の前半は,negiにとって「子育ての歴史」そのものでした.
植樹活動や,一日警察官といったイベントにも,幼かった子どもたちと一緒に参加させてもらったものです.

毎年のクリスマスプレゼントも,かつてモール内にあったトイザらスで選ぶのが我が家の定番でした.
そのトイザらスもドンキの傘下に入ることになり,残念でなりません.

地域とともに歩み続け,すっかり街の風景に溶け込んだイオンモール東浦も25歳.

丙午生まれの我々の年齢に比べればまだ半分以下ですが,これから30歳,40歳と,息長く歴史を重ねていってほしいものです.

そして,このイオンモールが還暦を迎える時,我々丙午世代は95歳になります.
その時も,たくさんの同世代が「元気な状態で」過ごせていることを心から願っています.

めざせ,最後の丙午.

ありがとう,イオンモール東浦!
25歳,おめでとうだよ.

■本日の記録
・イオンモール –
・ – コース × – 周
 (所要時間: – 時間 – 分 – 秒)
・7,664歩
 (イオンウォーキング含む1日の合計)
・ピクミンブルーム進捗
 Lv105 累計歩数:12,968,726歩