地元スーパーの跡地にて

先日,久しぶりに通りかかった地元の中学校.
移転が検討されていて,何年後かには校舎も取り壊され,なくなってしまう予定です.

前にそんなノスタルジーを書きましたが,実は,すでに更地になってしまった思い出の場所がもうひとつあります.

近所にあるローカルなスーパーです.
1970年代に開店し,以来,地域の人に愛されてきました.

今年の5月に惜しまれつつ閉店し,秋になってから解体工事が始まりました.
つい最近まで高い塀で囲まれていたのですが,それが取り払われ,更地になった様子が見えるようになりました.

この辺りは散歩で通ることも多いのですが,今日はオレンジ色の重機が動く中,駐車場の白線だけが名残をとどめていました.
さすがにこの光景は寂しく感じます.

何しろオープンしたのは,negiが小学校低学年のころ.
100円玉を握りしめて,友達とお菓子を買いに行った思い出は数知れず.

全国にチェーン展開するようなスーパーではなく,地元,しかもごく限られた地域を商圏とするお店でした.
歩いて買い物に行ける場所がなくなるのは,残念なことです.

跡地に別のお店が建つのかと思いきや,住宅地として活用される模様.
すぐ近くの県営住宅にお住まいのご高齢の方は,日々の買い出しが少し不便になるかもしれません.

そこそこ広い敷地なので,ドラッグストアなんかができたらよかったのに.
経緯をよく知らない身としては,単純にそう思ってしまいます.

さて,こういった地域密着型の小型店が閉店すると,世間では大手流通グループを批判するような論調が出ることがあります.
今回の場合は,イオンです.

このあたりは完全に「イオンモール東浦」の商圏で,町内のどこからでも車ですぐ行けます.
なのでnegiを含めて住民の多くは,家族での買い物となると,ほとんどが東浦イオンに出かけます.

ネットなどでは,時として「近所のスーパーが潰れたのは大手のせいだ」といった声を目にすることもあります.

もし何となく雰囲気に乗って「そうだ,そうだ」と言っているなら,一度冷静に状況を考えてみてほしいと思います.

閉店の本当の理由は,外から見ている第三者には分かりません.
ただ,イオングループは地域社会とのつながりを大切にしながら大きくなってきた企業だと,negiは見ています.

身内にイオン社員がいるわけでも,何か便宜を図ってもらっているわけでもありません.
一顧客として,公正な目で判断しているつもりです.

以前,興味があって,イオン創業者の小嶋千鶴子さんや岡田卓也さんの著書を何冊も読んだことがあります.

三重県で創業した岡田屋(弱者)が,近鉄百貨店(強者)を相手に苦労した経緯.
岡田屋がジャスコになり,ジャスコがイオンになった経緯.

そんなことを知っていれば,「弱者である地元のスーパーを,強者であるイオンがいじめている」という単純な対立構造では,とらえにくくなるはずです.

イオンほど地域を大事にする企業は,なかなかないのでは.
negiはそう思っています.

長年親しんできた近所のスーパーが更地になった光景に寂しさを覚えつつ,時代の大きなうねりを感じる秋の日です.

「大黒柱に車をつけよ」
岡田屋の家訓です.

「動かしてはならないもの」とされる大黒柱にあえて車輪をつけ,世の中や客足の変化に合わせて,いつでも機敏に動き,変わり続けよ.

目まぐるしく変化する令和の時代において,私たち個人の生き方にとっても深く刺さる金言ですね.

ありがとう,近所のスーパー!
小学生の頃,買い物といえばここだったよ.

■本日の記録
・イオンモール –
・ – コース × – 周
 (所要時間: – 時間 – 分 – 秒)
・5,108歩
 (イオンウォーキング含む1日の合計)
・ピクミンブルーム進捗
 Lv105 累計歩数:12,955,908歩